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いよいよ11日 |
2009/05/10 (日) カテゴリー/闘病日記
いよいよ11日がせまってきました。
手術後の首が無理をしたせいかわかりませんが、
カチカチになっている。
舌の調子も少し動きがわるく感じる。
と、いうのもご飯を食べるのがうまく食べることが少し難しい。
無理はいけません。
でも、しなければならないこともあります。
うまく調整はしていっているつもりなんですが、自分の感覚と体にずれは生じている感じです。
明日一日は、ゆっくりとして11日の入院に備えたいと思っています。
周りの人からは、頑張っておいでと言われるのですが、その辺は、お医者様に頑張ってもらわないとだめなんですがと思っています。
あえて、自分から、病気はガンですよとあえて言わないのですが、
聞かれるとめんどうなので、『ガンです』と告知してあげます。(笑)
そうすると相手も聞いてはまずいことだと考えるのですが、
私本人は、隠すことでもないと思っているので、どうってこともないのですが(笑)
人間死ぬ時は病気でなくても簡単に死にますし、
まだ、余命あとこれぐらいですよと告知も受けてないので、そのあたりは、
まだまだ、考えや心構えなどは整理がついてないのかもしれません。
ただ、余命いくばくですと告知されても、
たぶんですが、あぁそうなんだと思うぐらいで特に恐ろしいとか怖い、嫌だとか
取り乱したり、泣いたりということが無いような気がします。
泣くという行為も、周りの接していただいた方々や親に対してそういうことが
あるかもしれないと思いますが、自分が死んでしまうということに関しては、
そのような行為や行動などを想像することができないということです。
なぜそうなのかと聞かれると、まぁ、ここまでの人生も他人から見れば「えぇ!」と
いう風に見えたり、思ったりはすると思いますが、自分ではよかったような気がして
ある程度の納得をしているからなのだと感じています。
まぁ、そこまで思いつめても現実というものは変わらないもので、前に進むことしか
できないのが人間であると考えていることと、心不全や交通事故などの急死に比べて
考える時間というものが残されているから、ということも理由の一つなのかもしれません。
とはいえ、一応手術も成功しているし、転移を抑えるための追い打ちの入院であり
抗がん剤でとどめを刺すというのが、主治医の考えで、それもそうだなと思っての治療
ですので、まだ、深刻な状況というものを迎えていません。
ただ、手術と違い抗がん剤を点滴注射で投与されるため、副作用に苦しむので
今回は自分も頑張らなければならないということです。
このブログを読んでいるみなさんは元気だと思いますが、何かを感じて生きている実感や感謝など
いろいろと考える機会になればと最近特に思うようになりました。
周りの協力や応援などでこんなにもいろいろな人が自分のためにしてくれるんだというのが
ものすごく実感しています。
応援よろしくお願いします。
コメントや拍手などいただければ嬉しいです。
いつもコメントや拍手など、応援頂きありがとうございます。
みなさまからの
「励み・元気・温かい言葉」などを頂き、頑張っています。
「悩み・質問・ブロとも・冷やかし」 何でも嬉しく思います。
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手術後の首が無理をしたせいかわかりませんが、
カチカチになっている。
舌の調子も少し動きがわるく感じる。
と、いうのもご飯を食べるのがうまく食べることが少し難しい。
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うまく調整はしていっているつもりなんですが、自分の感覚と体にずれは生じている感じです。
明日一日は、ゆっくりとして11日の入院に備えたいと思っています。
周りの人からは、頑張っておいでと言われるのですが、その辺は、お医者様に頑張ってもらわないとだめなんですがと思っています。
あえて、自分から、病気はガンですよとあえて言わないのですが、
聞かれるとめんどうなので、『ガンです』と告知してあげます。(笑)
そうすると相手も聞いてはまずいことだと考えるのですが、
私本人は、隠すことでもないと思っているので、どうってこともないのですが(笑)
人間死ぬ時は病気でなくても簡単に死にますし、
まだ、余命あとこれぐらいですよと告知も受けてないので、そのあたりは、
まだまだ、考えや心構えなどは整理がついてないのかもしれません。
ただ、余命いくばくですと告知されても、
たぶんですが、あぁそうなんだと思うぐらいで特に恐ろしいとか怖い、嫌だとか
取り乱したり、泣いたりということが無いような気がします。
泣くという行為も、周りの接していただいた方々や親に対してそういうことが
あるかもしれないと思いますが、自分が死んでしまうということに関しては、
そのような行為や行動などを想像することができないということです。
なぜそうなのかと聞かれると、まぁ、ここまでの人生も他人から見れば「えぇ!」と
いう風に見えたり、思ったりはすると思いますが、自分ではよかったような気がして
ある程度の納得をしているからなのだと感じています。
まぁ、そこまで思いつめても現実というものは変わらないもので、前に進むことしか
できないのが人間であると考えていることと、心不全や交通事故などの急死に比べて
考える時間というものが残されているから、ということも理由の一つなのかもしれません。
とはいえ、一応手術も成功しているし、転移を抑えるための追い打ちの入院であり
抗がん剤でとどめを刺すというのが、主治医の考えで、それもそうだなと思っての治療
ですので、まだ、深刻な状況というものを迎えていません。
ただ、手術と違い抗がん剤を点滴注射で投与されるため、副作用に苦しむので
今回は自分も頑張らなければならないということです。
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